仕事は母ちゃん

どーってことない脳内と日常の垂れ流しです

何のために俺ら育ててるの?

高専生になって入寮した次男、最初のうちは2年生になったらバイク通学に切り替えると言ってたのですが、このところ「2年生になってもこのまま寮に残ろうかどうか迷ってる」と言うようになりました。どうやら勉強についていけるかどうか、不安らしい。通学生に切り替えると通学時間のぶん勉強時間は削られますからね。寮だとその点は大丈夫だし朝もゆっくりできる。ゲームやテレビの持ち込みも禁止だから勉強に集中せざるを得ない環境も整えられます。まあまだ入学して2ヶ月も経ってないし、ゆっくり考えたらいいよと思うさっこさんですこんにちは。

さて、そんな次男に以前こんな質問をされたことがありました。

「何故産んだの?」じゃなく「何のために育ててるの?」と質問するのが次男らしいところです。次男は「子育てにはお金がかかって大変だから子供は育てられない」と公言してる子です。そんな大変な子育てを何のためにしているのか、大変だとわかっていても子育てする価値はあるのか、疑問に思っても不思議じゃないですね。そのときの私の返答はこうでした。

この返答は嘘ではないです。子供というのは見ていて飽きない生き物です。生まれたときは何一つできなかったのに、歩くようになり、言葉も発するようになり、身の回りのことを自分でできるようになり、様々な人と交流して情報を得るようになり、勉強を通じて知恵をつける。その課程を観察するのはとても面白いです。ただ、それは大変さを乗り越えてまで育てる理由としては弱い。というよりそれだけの話なら子供と関わる仕事に就いたほうが現実的ですよね。

ではそれ以外になにがあるのか。親になりたいからだろうなあと。親になって得になるわけじゃないんですが、子供の立場では見えなかったことが見えてくるんじゃないかなあと思うのです。でも産んだだけでは親子になったと言えないわけで。世の親達はいつ「自分は親なんだ」って思えるようになるのかしら。私なんぞ長男産んで病室でひとり長男の世話をしてるうちに親になった喜びより親になれるかどうかの不安のほうが勝っちゃったものなあ。こんな小さくて壊れやすそうなか弱い生き物を育てていけるのかって。今はか弱い生き物ではなくなったけど、私が親である意味ってあるのだろうかと思うこともしばしばです。

そんなだから自分が親になれたか、というとまだ自信はありません。ひょっとしたら自信を持てる前に子供達は自分の生きる世界を見つけて旅立ってしまうかもしれません。こんな母親でごめん…なんて言うとそれこそ子供達に対して失礼なんだろうけど、大きくなった子供達の様々な疑問や質問、悩みに的確なアドバイスをしてあげてるとは言えないのでごめんとしか言えなくてごめん。それでも「母さん」と呼んでくれるのはとてもありがたいし感謝しています。いつかは「母さん」という言葉が似合うような人間になれるのだろうか。どうも自分の中では子供達がまだ幼くて、日々悪戦苦闘してる頃で時が止まってるからいけないや。時間の針を進めなきゃ。