仕事は母ちゃん

どーってことない脳内と日常の垂れ流しです

私の感情は私のもの

朝、三男が登校のため一旦外に出たのに舞い戻ってくるからどうしたのかと思ったら「ヘルメット忘れた…」と言われ、自転車乗るのにヘルメットなしとか小学生がランドセル忘れて登校するようなもんやでとツッコミを入れたくなったさっこさんですこんにちは。しかしなんでヘルメットを家の中に持ち込むんや…。自転車の荷台に縛り付けといたらええやろ…。

とまあ慌ただしい朝のドタバタタイムを終えていつものようにRSSリーダーをチェックしていたら引っかかってきたこのエントリー。

一生、一人でいい。

これ読んで思いだしたのがウルトラマンメビウスの「ひとりの楽園」というお話でした。あらすじは下記のリンク先をごらんください。

ウルトラマンメビウス・第40話「ひとりの楽園」 マニア考察

「ひとりでいい」も「ひとりは寂しい」も根っこは同じだと思うんですよね。理解されない苦しさ、感情を共有できない寂しさ。本当にひとりがいい人はひとりでいることに満足してるから、こんなエントリーは書かないと思うし。

じゃあ本当に他者と感情を全て共有したらどうなるか…というひとつの答えが「ひとりの楽園」だと思うのです。それは自分自身の感情を消し去ることに他ならない。確かに感情を完全に共有できたら寂しさはなくなるかもしれない。でもそれが本当に行き着く先なのか…というと疑問を感じるわけです。

いつも言ってるんですが、私の感情は私のものであり、誰にも理解されなくても共感されなくてもかまわない、私の感情は誰にも渡しやしない…と思ってます。己が己でありつづけるために、自分の経験も、感情も大切なものなのです。同時に他者の経験や感情も大切。色々な個性がぶつかり合ってできあがる人間関係というのは素敵なものばかりではありませんが、自分の感情が生まれるのも他者あってのものだから、素敵でなくても大切なものなのです。

故に「ひとりでいい」というのは自分を殺すことに他ならないのではないでしょうか。何も感じなくなるよりは、傷ついても誰かと共に行動するほうがずっといい。私は死ぬまで私でありつづけたい。だからひとりになんてなりたくないです。