仕事は母ちゃん

どーってことない脳内と日常の垂れ流しです

同和教育と私

昨日の練習で転倒したときからある程度覚悟してたけど、やっぱりジェーニャ棄権…。これでやっと戦わずにすむんだなと思うとホッする反面、完成形のベスト・オブ・プルシェンコを見られなかったのが心残りなさっこさんですこんにちは。今は日常生活に支障きたさないよう、しっかり体治して欲しいです。本来ならアスリートとして氷の上に立ってるのが奇跡みたいな体だから…。と凹んでたら朝から雪!どうにか子供達登校したけど、帰り大丈夫だろうか…。小学校は今日昼から参観なので、車で連れ帰れるんだけど、中学校組の次男と三男は自転車で登校してるから心配。長男は休みになったのに何故小中学校は授業あるんだよ!

学校と言えば大阪で生まれ育った私にとって、香川の田舎にあるこちらの学校は目から鱗なことが多くて新鮮でした。まず児童数が少ないので小学校はランチルームで全児童が一緒に給食を食べる。ほこりまみれの教室で食べるより衛生的なんじゃ…などと思ったり。中学校に給食があるのも驚きでした。中学校はどこもお弁当だとばかり…。お弁当といっても家庭によっては作る時間がない場合も想定して、学食があったものです。本当にごくたまに利用したことがあるけど、今でもあるんだろうか。

一番違いを感じたのは教育内容でした。私が通っていた小中学校は同和教育推進校でした。同和教育の一環で、狭山事件が頻繁に授業時間に取りあげられ、全校児童を体育館に集めて石川被告の無罪を主張する決起集会みたいなものも行われました。正直なところ、差別云々はともかく、なんで授業時間を割いてこんなことをしなければならないのか、子供の私にはさっぱりわからなかった。今でもわからないですが。授業時間ですから強制参加ですしね…。子供の頃の話ですからはっきりわかりませんが、おそらく部落解放同盟が深くかかわってたのでしょう。入学式や卒業式にも部落解放同盟の方が来賓として呼ばれてましたからね。祝辞も述べていたと記憶してます。

そういうことを強制された結果、10代の頃の私は同和地区(被差別部落)が嫌いになりました。強制的にわけもわからないものに参加させられる嫌悪感が同和地区への偏見に繋がってしまったんですね。どういう意図で小中学校でこういう行事をやっていたのかわかりませんが、同和地区に対する差別をなくすためのものだったとしたら、私には逆効果でした。今では同和地区がどういうものかわかってますが、部落解放同盟への嫌悪感は私の心に深く根ざしてます。本当に申し訳ないんですけど。嫌な思い出しかよみがえってきませんからね。

今の同和教育推進校がどんな教育を施してるのかわかりませんが、私が受けてきた同和教育は「見知らぬ男性の無罪を主張する集会に無理矢理参加させられた」という記憶を刻み込むだけに終わりました。当時、他の学校ではどういう同和教育が行われていたのか知りませんが、私の場合はこんな感じでした。全く不毛で、無駄な教育だったなあとしみじみ思います。