仕事は母ちゃん

どーってことない脳内と日常の垂れ流しです

子供の私と母親の私

明日は祖母の七回忌を自宅でおこないます。もうそんなに経つのか…と感慨深いさっこさんですこんにちは。盆正月前、そして春と秋のお彼岸には必ず子供達を連れて墓掃除をしてお参りをする我が家。死者を弔うことで子供達が何かを感じ取ってくれたらいいなあと思ってます。

今日はこちらのエントリーを読んで色々思うことがあるので書いておこうと思います。

親に対する複雑な感情 - よもちかブログ

まず、その前にこちらの記事を紹介したいと思います。

IMALU、「母の恋」に悩んだ過去/芸能速報/デイリースポーツ online

番組では美奈子の主張としてその他に「子どもに自分の人生を受け止めてほしい」という願望が示され、討論テーマとなった。

IMALUはこれについて「逆なんじゃないかな。子どもの人生を受け止めるのが親なんじゃないかな」と反論した。そして「うちの親の人生なんか受け止められません。そんなパワーないですから」という説明に実感がこもっていた。

IMALU、「母の恋」に悩んだ過去(3)/芸能速報/デイリースポーツ online

全くその通りだとものすごく共感しました。親には親の事情があることはわかります。わかるけど、それを一々受け止めてたら子供は誰に自分を受け止めてもらえばいいのか。それに、受け止めてアドバイスするだけの力も親が子を受け止めるのとは異なり、難しいでしょう。子供のほうが人生経験が浅いのですから。

私と母の関係はお世辞にも良好とは言い難く、母が老いてしまった今でも母と穏やかに話すのが難しいです。幼い頃からことやることなすこと否定され、行動を制限されてきたので、子供の頃はまるで動物園の檻の中にいるような気持ちでした。早く大人になってこの家から出て行く、それだけを支えに生きていました。

その母も、愛情をあまり与えられずに育ったいきさつがあります。それも祖母なりの事情があったのは「祖母の話」を読んでいただいたら想像はできると思います。祖母もまた愛情に飢えた子供だったのではないかと。その上でシングルでの子育ては想像を絶するつらさだったと推察されます。彼女達にもちゃんとした事情があるのです。

だからといって親の全てを受け止めるのは、私には無理です。受け止められるぐらいできた人間だったら良かったのですが、そうでないからつらかった。でもこのつらさは終わりにしたいから、結婚もしない、子供も要らないと思い続けてました。

それがひょんなことから結婚して子供を授かった。勿論自分で選んだ道ではありますが、これが想像してた以上に苦しかった。子供と接していると、蓋をしてすっかり忘れたつもりでいた子供の頃の記憶が鮮明によみがえるのです。フラッシュバックのように。我が子を育てるのと同時に、寂しがってる子供の自分を母親の自分が育てている、そんな感じでした。まさか二重の子育てになるとは思いもしませんでした。母親の私は我が子と接するだけで精一杯なのに、子供の自分の感情までなだめなくてはならない、というのはなかなか貴重な経験ではありましたが。

しかし自分で自分を育て直すことで、少しは過去から解放されたように思います。認めて欲しかった子供の自分を母親の自分が認めてあげる。今の自分は夫が認めてくれる。母にはいまだ複雑な感情を抱いてますが、少なくとも過去に蓋をして忘れたつもりでいることで過去の自分を葬り去ろうとしていた頃よりは楽になりました。かなりの荒療治でしたが、結果的にはよかったんじゃないかと。

そんなこんなで今の自分は子供に怨嗟を吐くことなく生きています。まあ下手をすれば親子共倒れになってしまうので、誰にでもおすすめできる方法ではありません。たまたま周囲が私を支えてくれたからできたことだと思ってます。