仕事は母ちゃん

どーってことない脳内と日常の垂れ流しです

心の澱を吐き出したい

4月から小3の四男ですが、いまだに自分のことを「四男くん」と言うことがあって、兄達はこれぐらいの年の頃は「ぼく」で統一されてたんだけどなあ…末っ子ならではなのかしらと思うさっこさんですこんにちは。これだけだと幼いなあという感じですが「ぼく」も「俺」も使うという…。本人的にはどういう使い分けになってるんだか。

さて、昨日書いた「一人の時間をください」にid:itakanaya9さんから次のようなブコメをいただいたんですが。

疲れたとか大変とかイライラの頂点とか。本当にその通りだと思います。子育てって大変ですよね。ただ殺意という言葉は嫌いです。母親に殺意を抱かれている子供ってかわいそうだなと思いました。

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これを読んで、4年ほど前に参加した子育て講座のことを思い出しました。

当時とある団体の本部役員をやってまして、その関係で市が主催する子育て講座に参加してくれないかと言われて参加しました。正直4人子供がいて今更子育て講座…と思いましたが、これも役員の仕事のうち。講座の参加人数は少なくて、15人ほどだったでしょうか。講師の方からの話もあったのですが、そっちのほうはあまり覚えてません。話が終わってからが本題だったからです。

一通り話し終えた講師の方が「最後に、一人ずつ子育てしてる中でつらかったことを話してください」と言われたんですね。えっ皆の前で話すの?と戸惑いましたが、これが思わぬ方向へ。トップバッターの方が思うようにいかない子育てに子供を叩いたことがある、夫を憎いと思った、本当は優しくしたかったのに…とかなり赤裸々な話をされたんです。その後の方も皆そのような話をされて。話ながら泣き出す方もいらっしゃいました。講師の方は皆の話を黙って聞いてましたが、最後に「ここで話せて良かったですね」とおっしゃいました。その時の皆さんの顔は晴々としたものでした。

ほとんどの母親は優しい母親でありたいと思ってるんじゃないでしょうか。でもそれができなくて自己嫌悪に陥ってたり罪悪感を覚えたりする。そんな彼女達がぽろっと本音を吐き出すと、返ってくる言葉は「子供が可哀想」「母親だから我慢しろ」「そんなに大変なら産まなきゃいいのに」だったりするわけです。限りなく正論です。正論だから言い返せなくて、この気持ちはどこへも吐き出しちゃいけないと思う。しかし蓋をしてしまった気持ちは心の奥に澱のように溜まっていくのです。その溜まった澱をすっきり吐き出せたからこその涙、そして晴々とした顔だったんでしょう。誰にも自分の気持ちを否定されず、黙って受け入れてもらえるのってとても大きいと思います。

こうやって心に溜まった澱を心置きなく吐きだして、それを受け止めてくれる場がもっと増えたら母親も少しは楽になるんじゃないかなあとぼんやり考えてます。