仕事は母ちゃん

どーってことない脳内と日常の垂れ流しです

母親失格の烙印は誰が押すのか?

次男の友達が冬休みの間に転校したらしいんですが、その理由が父親の転勤だと聞いて次男の友達が可哀想で仕方ないさっこさんですこんにちは。

突然の転勤辞令だったらしく、冬休み前に提出する高校の願書も提出済みだったらしいんですよ。今から県外に転勤って…。中3の大事な時期にどうしろと。今からだと私立の願書は締め切ってるところが多いだろうし、どうなるんだろうかと他人事ながら心配です。それにしても小学生のうちはともかく、中高生の子供がいる家庭に転勤って酷じゃないんですかね。子供に負担かけたくなかったら単身赴任しろってことなんでしょうか。なんだかこんなところでも会社の配慮ってないんだなあとがっかりします。

と憤ったところで本題ですが。少し前に話題になったこれ。

【炎上】ホリエモン、新幹線で泣く子供に対し「舌打ちもしょうがない」「睡眠薬飲ませればいい」と発言 - NAVER まとめ

そして昨日ブクマしたこのエントリー。

この世から子供が泣く場所が消滅することについて - 明日は明日の風が吹く

この話題で昔のことを思い出したのでちょっと書いてみようと思います。「子供は泣くのが仕事」と祖父母世代の方はよく言われますが、どの子もよく泣くわけじゃないんですよね。

長男はとても神経質な子で、とにかくよく泣きました。抱っこしているうちに寝たからと布団にそっとおろすとぎゃん泣き。ちょっと大きな物音がすると目を覚まして泣く。家事で手が離せないときもよく泣かれてほとほと困りました。場所見知りもするので初めて行くところではなかなか泣き止まないことが多く、あやすのが大変で。一日が終わる頃にはぐったりしてました。

ところが四男は本当にあまり泣かない子でした。寝てる部屋で兄達やその友達がドタバタ走り回っても全く起きる気配なし。友達が四男を起こそうとつついても全然起きないぐらい、肝の据わった子でした。外出先でも眠いときとお腹が空いたとき以外は終始ご機嫌で愛想をふりまき、本当に楽な子でした。どうしても抜けられない会合があって当時3歳だった四男を連れて行ったことがあったんですが、お絵描きグッズで遊ばせていたら2時間ぐらいずっと大人しく遊んでいて「お利口なお子さんですね」と周囲からとても褒められました。

これだけでもおわかりの通り、よく泣く子だから親のあやし方が悪い、泣かない子だから親のあやし方が上手…というわけじゃないんです。確かに四男のときは4人目の子ですから私も慣れているところがありましたが、四男が元から親にとっては楽に育てられる子だったのは間違いないところです。

それでも、子育て真っ最中の母親にとってはあやしても泣き止まないだけで自分が母親として失格だと言われてるような気持ちになってしまうんです。そこに他人の視線が集中すると、もうダメですね。何も言われなくてもどーんと落ちこみます。仮に睡眠薬を服薬させて眠らせることで周囲の視線を回避できたとしても、睡眠薬に頼らないと泣き止ませることもできない自分を責めることになったでしょうね。

つまり母親自身が母親失格の烙印を押してるようなものなんです。周囲の視線や舌打ちは更に追い打ちをかけてはいますが、それだけが原因で落ちこむわけじゃないんですよね。子育ては仕事と違って明確な評価基準がないだけに、母親の気持ちは常にぐらぐらと揺れているのです。我が子が泣いたり暴れたりするのは私の接し方に問題があるんじゃないだろうか、と。

ここでまた長男の話に戻りますが、夫が抱っこするとぴたっと泣き止むことがよくありました。本来なら助かったわーと感謝するところですが、私ではダメなんだ…と落ちこむ始末。助けてもらったことすらネガティブに捉えてしまうのが余裕がないときの心情なんですよ。こうなってくると育児ノイローゼ寸前って感じですが…。何しろ出産するまで子供を預かって面倒を見る、なんてことを一度もしていないので、何もかもが不安で仕方ない。仕事に例えたら新卒のぺーぺーが入社していきなり大きなプロジェクトを任される…みたいな。失敗は許されないと過剰に恐れてしまってるんですよね。

こんな風になってしまったらどうするか。私の場合はとにかく寝る。夜中に一度も起こされずに寝るのが一番効果ありました。子供がいると頻繁に起こされちゃいますからね、睡眠不足で頭も回らないのですよ。体も心も睡眠で休めたら少しは余裕が出ます。夫には申し訳なかったですが、週に1度、子供の寝かしつけ頼んで別室で寝たり、休日に子供達を遊びに連れ出してもらってるときに寝たりしなければ、上の子達が幼い頃は心身持たなかったでしょうね。睡眠は大事です。

余談

究極の泣き止ませグッズとして私が頻繁に頼っていたのがおっぱいでした。とにかく泣けばおっぱい。どこでもおっぱい。それも外出先では視線が痛いところですが、泣かれるよりはずっとマシでした。幼稚園の役員会のときにPTA会長をしていた父親から「さっこさんの乳首見たことある」と言われたのも懐かしい思い出ですw