仕事は母ちゃん

どーってことない脳内と日常の垂れ流しです

死と生のお話(前篇)

いよいよ三学期が始まり、今年度も後わずか。次男の中学校卒業もすぐそこです。その前に受験がありますが、まあどこかには入学できるだろうと楽観的なさっこさんですこんにちは。

今日のお話の前にChakaの曲をご紹介。どこか懐かしく、心に染みる曲です。彼女の歌声が大好きで、何百回と聴き込んだものです。

さて、今回のお話は二度に分けて書こうと思います。

今から10年前、義父が癌に冒されていることがわかりました。わかったときはもう手遅れで、手術してもそう長くはないと言い渡されてしまいました。手術するには本人への告知は必須。告知するかしないかで義母と夫の兄弟達とで何度も話し合った結果、告知はせず、このまま最期まで過ごす、ということに決まりました。義姉達は少しでも延命できるのなら手術をしたほうがいいと言ったのですが、義兄が反対し、義母もそれを受け入れました。

義父は入院し、義母と夫を含む5人の兄弟が交代で入院した義父の付き添いをはじめました。私もまだ幼かった長男、次男、三男を連れて何度も見舞いに行きました。義父は入院後もしっかりしていて、見舞いに行くと喜んでくれました。やはり孫がくると嬉しいらしく。最後に見舞いに行ったときも起き上がろうとして義母に窘められる程度にはしっかりしていて、子供達も「早く元気になってね」と言ってたんですが…。

翌日の夕方、夫から電話がかかり「親父、もうダメかもしれんから、今日は病院に詰める」と。覚悟はしてたけど元気そうだったのでこんなに早くこの日がくるとは…と動転しました。そしてその日遅くに妻と5人の子供達に見守られ、義父は息を引き取りました。

泣く暇もなく、夫の実家では通夜と葬儀の準備がはじまりました。義父も義母も兄弟が多いので、親族一同が集まるとかなりの大所帯。子供達はおじいちゃんの死をわかってるのかいないのか、どたばたと義父の部屋で走り回って遊んでました。

ところがいざ告別式の時間が迫り「そろそろおじいちゃんのところへ行こうね」と子供達に声をかけたら、次男が「おじいちゃんにお別れしたら二度と会えないから嫌だ」と泣きそうな顔で言い出したのです。なんと返していいかわからず立ち尽くす私の横から、義母の妹さんが「次男君に会えないとおじいちゃんが寂しがるから、一緒に行こうね」と助け船を出してくれました。しばらく黙っていた次男は無言で頷き、私達と義父との最後のお別れへと向かいました。

次男なりに死を理解し、受け入れたんだろう。そう思いました。なんだか次男がちょっぴり大人に近づいたような寂しさを感じながら。

それは真夏の、とても暑い日のことでした。