仕事は母ちゃん

どーってことない脳内と日常の垂れ流しです

祖母の話

新年を迎える前にブログのデザインを変えようとid:kgsiさんのslimをお借りしてちょろっといじってたさっこさんですこんにちは。やっぱり背景がジェーニャだと落ち着くwでもIEのバージョンが9より古いのには対応してないと思う…多分。ごめんなさい。

新年と言えば、来年は40代最後の誕生日を迎えます。気がつけば50代目前。全然そんな気はしないんですけどね。母方の祖母は55歳で亡くなったので、自分がもうそんな年に近づいてるのかと感慨深いです。

その祖母は、絵に描いたような幸薄い人生を歩みました。幼い頃に両親を亡くし、年の離れた兄夫婦に育てられました。実家は裕福だったので生活面ではさほど不自由はしなかったようですが、甘えることを覚えられなかった祖母。

その後、農家に嫁ぎ、結婚して3人の娘達に恵まれることとなりましたが、夫は30代の若さで病死。夫の両親はすでにいなかったので、文字通り女手一つで3人の娘達を育てることになりました。祖母は農作業に工場のパートにとフル回転で働いたものの、家計は火の車だったようです。おそらく実家を頼れば援助はしてくれたと思うのですが、育ての親の兄夫婦もすでに亡く、遠慮があったのか、それとも元々の気性なのか。助けを乞うことはなかったようです。

そうなるとどうしても家事や育児に割く時間はなくなってしまい、その役割を担ったのは当時中1だった長女(私の伯母)でした。次女の実母は母親より姉に注意されることが多かったと話してます。

歳月は流れ、娘達もそれぞれ結婚し、長女夫婦と一緒に暮らすことになり、孫も産まれ、ようやく祖母も馬車馬のように働かなくても済むようになりました。そのまま孫の成長を楽しみに老後を過ごすはずだったのですが…。

あれは私が小6になったばかりの4月。祖母は突然あの世に逝ってしまいました。農薬を飲んでの自殺です。もう苦労することもなく、娘一家と暮らしてた祖母が何故自殺したのか、遺書もないので理由はわかりません。

祖母はいつも険しい表情で、言葉遣いもぶっきらぼうで、子供心に怖い人でした。あまり優しく接してもらった記憶もありません。私と同い年のいとこ(伯母の長男)はとても可愛がっていたのですが。男の子にかける期待が大きかったのかもしれません。女性であるが故の苦労も多かったようだし。いとこが大人になって結婚するのをそれはそれは楽しみにしてました。

でも…生きる気力が途切れたのではないか…と思うのです。ずっとずっと気を張って生きてきたので、幸せを手にした途端、ぷつんと糸が切れてしまった、そんな印象を受けました。

来年の4月には祖母が亡くなって37年になります。今でもまるで苦虫をかみつぶしたような祖母の顔が目に浮かびます。彼女にとって人生とはなんだったのか。そんなことを思いながら、50代に突入する準備をしようかと思います。