仕事は母ちゃん

どーってことない脳内と日常の垂れ流しです

母親であることの罪悪感

来年、夫の姪が沖縄で挙式するんですが、家族6人で沖縄まで移動すると1泊でも30万は確実に吹っ飛ぶので(御祝儀込み)夫にだけ出席してもらおうかと夫婦で相談してるところのさっこさんですこんにちは。

 さて、結婚はとてもめでたいことですが、結婚すると必ず言われるのが「次は子供だね」という言葉です。しかし妊娠とは本当に時の運と申しましょうか、望んだからといって簡単に妊娠できるとは限らず、また妊娠したからといって無事出産までこぎつけるわけでもないのが現実です。

以前にも書きましたが、私の周囲には不妊で子宝に恵まれない人が多かった。独身時代はそのことについてこれと言った感想はありませんでした。結婚も、子供も、私にとっては自分と重ね合わすことができない遠い国の話であって、あくまで他人事だったんです。

ところが降って湧いたように結婚の話がとんとん拍子に進んで結婚。そして結婚してすぐに妊娠。夫が子供を望んでいたこと、私の年齢的に妊娠は難しいかなと思ったので避妊しなかったらあっさり妊娠しちゃいました。妊娠する1年前には自分が結婚することすら予想してなかったし(そもそも夫と出逢ってなかったから)それが結婚して妊娠となると気持ちが全然ついていかない状況でした。それでもお腹の中の赤ちゃんはどんどん育っていくわけで。トラブルはあったものの無事長男出産と相成りました。初産にしてはかなり楽なお産で、出産した実感もあまりなかったのが正直なところです。

ある程度覚悟はしていたものの、産んでみると育児は予想以上に大変でした。大変だと感じるのは出産するまで赤ちゃんの世話を一度もまともにしてこなかったから。夫はその点については経験が豊富なので、自宅にいるときはできる限り私をサポートしてくれました。また、義姉達もなにかと気を使ってくれ、遊びに行くと息子を預かってくれたりしました。本当にありがたかったです。ありがたかったんですが…。

 末の義姉は子供を望みながら我が子を抱くことはかないませんでした。それでもきっぱり「子供はもう諦めた」と宣言し、我が家を含め兄弟の子供達や部下の子供達まで可愛がるような人です。我が家の子供達も彼女には懐いていて、今では子供達だけで遊びに行くことも多いです。そんな彼女や、子供を望みながら我が子を抱けない人達を見ていると罪悪感が湧いてくるときがあります。

何の努力もせず、しかもそんなに子供を望んでたわけでもないのにすんなり妊娠出産していながら、育児が大変だと思ってしまう私には母親としての資質がないんじゃないか。大変な不妊治療を続けてでも我が子を望む彼女達のほうが立派な母親になれるんじゃないかと。彼女達にとって私は許されざる存在なんじゃないかと。

傲慢な考えだとわかってます。わかってますが罪悪感は拭いようがない。恵まれすぎてるのに大変だと思ってしまう自分自身を許せない。誰にも言えない気持ちです。だからずっとずっと自分の心の中にとどめておきました。

しかしちょろっとTwitterで気持ちを吐露したら、共感してくださる方がいらっしゃいました。ああ、こんな風に思う人は私だけじゃないんだと安堵する一方、この気持ちをどう消化したらいいのかわからない。自分を立派な母親として認められたらいいのでしょうけど、そんな気持ちにはとてもなれないので、今でも罪悪感はちょっとしたときに顔を出してしまうのです。